磁性体中のスピン偏極した電子を半導体に注入しそれを操作、検出する技術の開発は、スピンエレクトロニクス分野における最重要課題の一つであり、その早期実現が求められている。しかし、従来の研究では、その計測手法が電気信号を介した間接的なものであるため、実験結果の解釈に疑問点も少なくない。本研究では、これらの問題点を解決するために、半導体に注入した電子スピンの光学的検出を試みた。すなわち、半導体量子井戸に注入された電子が量子井戸においてホールと再結合する際に生じる発光の円偏光度が、注入された電子のスピン偏極率と直接対応することを利用する。本年度は、これまでの円偏光励起手法により得られた磁性体/半導体界面におけるスピン依存伝導に関する知見に加え、上記手法を併用することで新しい情報を収集した。具体的には、エピタキシャルマグネタイト薄膜/GaAs量子井戸接合試料を現有のMBEを用いて作製し、電気的に注入された電子のスピン偏極度の解析を行った。その結果、10Kにおいて33%におよぶスピン偏極度が観測された。また、興味深いことに、この大きなスピン偏極度がマグネタイトのVerwey転移と関連しており、Verwey転移によりマグネタイトが絶縁化することでスピンフィルター障壁として機能し、その結果、大きなスピン偏極度が得られたと推定された。さらに、スピン注入過程における量子井戸でのスピンダイナミクスに関する情報を得るために、ポンプ-プローブ法による時間分解Kerr効果測定を行った。照射光のヘリシティを反転することでスピン偏極度の明瞭な反転を観測することができ、さらに室温でのスピン緩和時間が数100psであることが分かった。
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