研究概要 |
親潮域カイアシ類群集に優占し,春季ブルームを利用し,再生産を行うEucalanus bungiiをモデルとして,餌環境変動がカイアシ類再生産と加入成功に与える影響について調査を行った.本種の再生産開始のタイミングは春季ブルームに依存していた.産卵開始には表層出現後,体内油球(脂質)のサイズ(直径)が体長の3.8%以上に達する必要があることが示された.化学分析の結果,摂餌および蓄積脂質の変換を通じて体内にリン脂質を蓄積することが産卵開始の必須条件であることが明らかとなった.産卵開始後の卵生産は原則として現場の植物プランクトン量に依存していたが,現場での孵化成功率は0-80%の間で大きく変動した.孵化成功率を下げる要因として,1)異常卵産卵,2)非孵化卵産卵,3)奇形幼体孵化,の3つが認められた.このうち,1)の発生率は雌成体および卵のリン脂質量と,2)の発生率は卵のトリアシルグリセロール(TAG)中に含まれるEPA量と有意な負の相関を示した.雌体内および卵中のリン脂質量は現場餌環境のリン脂質濃度とは相関が認められず,摂餌開始前より体内濃度が増加していたことから,雌体内で他の脂質クラスや摂食物を利用して生合成されるものと推定された.一方,TAG中のEPAは、珪藻由来の脂肪酸であり摂餌によって取り入れられた後,雌体内で卵中のTAGに分配されていると考えられた.一方,奇形幼生出現率は,今回測定した環境要因と直接の因果関係は見いだせず,珪藻由来アルデヒドなどの発生阻害物質が関与している可能性を考慮する必要があると考えられた.これらの結果は,本種の休眠覚醒から産卵開始・卵孵化成功に至る過程において,体内蓄積脂質の代謝と摂餌による珪藻由来の必須脂肪酸摂取が重要な要因であることを示し,親潮域春季珪藻ブルームのタイミングと規模が本種の再生産の鍵を握っていることを示唆している.
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