研究概要 |
本年度は,これまでに得られたMRIデータ(静止画・動画)と,開発したタイムドメイン合成器を用いて,発話運動と音響現象との間の非線系性について検証した.その結果,母音の連続発話では,歯列間隙が緩やかな発話運動から急峻な音響変化を生じる一つの要因になっていることが明らかになった. 歯列間隙とは,上下の歯列,頬,舌に囲まれた細長い空間で,声道に対しては分岐管として作用し,零点を生成する.この歯列間隙は,舌の高さによってその大きさと長さが連続的に変化し,/a/などの低母音では口腔に吸収されて存在しないが,/i/などの高母音では,断面積は約0.2cm^2,長さは約4.5cmになる.まず,歯列間隙の生成する零点の周波数を調べるために, MRIの静止画データから作成した声道実体模型の音響計測と,同一のMRIデータを用いた時間領域差分法によるシミュレーションを行った.その結果,高母音では,歯列間隙は約1500 Hzに零点を生じることが明らかになった. 次に,/ai/の連続発話において,歯列間隙の生成する零点とホルマントの相互干渉をシミュレートした.その結果,以下が明らかになった. (1)/a/では歯列間隙は存在しないが,舌が高くなるにつれて歯列間隙が形成され,その零点は高域から低域へと下降する.(2)/a/から/i/では第2,第3ホルマントは低域から高域へと上昇するが,これが下降してくる歯列間隙の零点と干渉して一時的に消失する.(3)その結果,ホルマント遷移に不連続を生じる.また,実音声のスペクトルでも,歯列間隙によって生成される零点が,第2,第3ホルマントの遷移に不連続を生じさせることが確認された. よって本研究では,当初の目的どおり,緩やかな発話運動から急峻に変化する音声信号が生成される非線系過程の一つを解明し,これが実音声でも観測されることを実証した.
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