研究概要 |
近年,初期視覚の計算論的研究は高度に進展しており,人の視知覚特性の一部を,その計算論的な意味とともに説明することを可能にしている.しかし,計算理論の水準だけでは,人の視知覚のパフォーマンス(能力)を定量的に説明することはできない.本研究は,視覚心理実験により人の知覚パフォーマンスを測定し,対応するモデルと比較することで,初期視覚過程の計算量とその内部表現を検証することを目的としている.本年度は,大きく分けて以下の三点の研究を実施した. 1.運動透明視における知覚パフォーマンスの心理物理学的測定 運動透明視における知覚パフォーマンスの低下は,脳の運動情報の表現様式の限界を反映していると考えられる.本研究では,知覚パフォーマンスとして閾値および精度に注目し,重畳運動の方向差を様々に変化したときのデータを系統的に測定した.この結果,閾値と精度では,方向差が与える影響が大きく異なることが明らかになった. 2.妥当なニューロンモデルとその相互作用の検討 ポピュレーション符号化モデルを用いて,1の結果を説明できる運動情報の符号化様式を検討した,この結果,運動検出ニューロンのポピュレーション応答の形状と,そのニューロン間の相互抑制の影響で,実験データを説明できることを見いだした.この結果から,運動情報の脳内表現を絞り込むことが可能になる. 3.Perceptual pairingによる知覚潜時の心理物理学的測定 Perceptual pairingの手法を用いて,三種類の視覚特徴(色運動,視差)の任意の二つの視覚特徴の組み合わせで知覚潜時差を測定した.この結果,刺激の複雑さが潜時へ与える影響はほとんど見られなかった.しかし,各組み合わせで得られた知覚潜時差の間には,互いに整合性が無いことが明らかになった.このことは,視覚特徴の各モジュールは独立ではなく,知覚潜時という動的な知覚パフォーマンスの指標においても,モジュール間の相互作用の影響があることを示唆する.
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