本年度は、HlVがヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤に対し薬剤耐性変異株を生み出し易い要因として、HIVが自身のRNAゲノムをDNAに逆転写する際に生じる高頻度の転写エラーに注目し、HlVの適応度に対する転写エラーのメリット・デメリットについて検討した。 HlV抗原をコードする遺伝子上での転写エラーは、抗原の構造を変化させ、HlVが免疫からの攻撃を回避することを可能にするため、HIVの適応度を高める。その一方、HlVが宿主細胞〔CD4 positive T cell〕へ感染する際に必要となるタンパク質をコードする遺伝子上で起こる転写エラーは、HIVから宿主細胞に感染する能力を奪い、致死的な変異となるためHlVの適応度を低下させてしまう。興味深いことに、HIVがその細胞表面に持つGP120と呼ばれるタンパク質は、抗原であると同時に、宿主細胞への感染に必要不可欠なタンパク質でもある。つまり、GP120タンパク質への変異は、HIVにとってメリットでありデメリットでもある"諸刃の剣"的状況を生み出す。我々は、HIVの適応度に対する転写エラーのメリット・デメリットについて解析的に検討するため、NowakとMayにより提案されたHIVの増殖と免疫による抑制過程を常微分方程式として記述した数理モデルに対して、1)GP120タンパク質の変異によるHlV抗原の多様性と2)HIVの致死的変異の効果を導入したモデルを新たに提案した。 NowakとMayは、エイズ発症を決定付ける要因として、HIV変異株の多様性を挙げている。我々は、提案モデルに対して、彼らの結論が妥当なものであるか解析的に検討し、次の二つの結論を得た。 1.HIVが致死的変異を起こさない確率が、HlV変異株の個性に依存しない時、HIV変異株の多様性がエイズ発症の唯一の要因となる。つまり、NowakとMayの結論はこの場合に含まれる。 2.HIVが致死的変異を起こさない確率が、HIV変異株の個性に依存する時、エイズの発症は、HIV変異株の多様性のみでは決定されずに、HIV及び免疫系の特徴を表す複数のパラメータで定められる超平面の位置により決定される。
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