低線量の放射線による生物影響は、遺伝子の突然変異による疾患である発がんがその最たるものであり、またその研究はDNAを対象としたものへとシフトしている。近年、細菌の物理的形状とDNA合成や細胞死の関係や被ばく細胞集団において見られる一種の集団効果(バイスタンダー効果)が発見されてきた。これら近年見つかってきた新たな知見を元にした低線量での発がん過程の解明を目標にして、細胞集団の発がんモデルを構築し、形態学的な観点から発がん過程の研究を行っている。 本年度は細胞が2次元の空間上に広がった状態(例えばシャーレ上の細胞培養系のような)における細胞集団の突然変異ダイナミクスについてモデルによる計算機シミュレーションで調べた。モデルは細胞間接着や細胞膜の弾性力といった物理的ダイナミクス、加えて細胞の突然変異、細胞死、細胞分裂といった細胞内ダイナミクスを含むものであり、接着力や細胞膜の弾性力などのパラメータは実験と対応可能なでデータを用いた。突然変異に関しては3段階(イニシエーション、プロモーション、プログレッション)を考え、細胞死、細胞分裂を導入したモデルでがん細胞の増殖に関してパラメータ(突然変異、細胞死の確率)依存性を調べたところ、がん細胞の増殖が認められない(腫瘍の発生しない)領域、および腫瘍が時間に関して線形、または指数関数的に増大する3つの領域が認められた。またがん細胞になるまでに3段階ある突然変異のうち、とくに正常細胞から最初に生じる突然変異(イニシエーション)と腫瘍の発生/非発生に関して顕著な閾値依存性が見られることがわかった。
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