生物における制御の重要な特性として、「あらゆる」複合的な環境の変化に対応し、その環境に即したアクションを実現できる機構を備えている点があげられる。複数の環境要因からの信号を同時複合的に処理し、複合された環境変動に対して作り出される適切なアクションは、多種類の制御を同時あるいは順次行った結果として実現されている。この特徴は、脳レベルから細胞レベルまで、生物のあらゆる階層に共通である。細胞レベルでの制御は、分子間の物理的な相互作用という同質な機構の時空間的な組み合わせにより、複合的な環境変動に対応した驚くほど多種類の複雑な制御を同時に実現し、環境の大きな変動に対処している。このような制御のやり方を、我々は複合制御と名付けた。複合制御は、細胞、脳を含む生物のあらゆる階層のレベルで行われている制御に共通な原理の一つと考えられる。人工物に対する制御は制御理論によって系統的に整理され発展してきた。その土台は、たとえば状態空間モデルのような普遍的なモデルを用いた理論構築が進んだことにある。そこで、本研究では、生物における複合制御についても、このような一般的なモデルを提案することを目的とし、複合制御の視点から、外部環境変化がたんぱく質の生成量を制御する制御ユニットという単位で遺伝子発現制御をみることで、制御理論で扱ってきたモデルと同様の一般的な記述が可能となることを示した。複合制御の概念および、実際に多くの遺伝子発現制御ネットワークが提案された記述で表現できることを示した論文は国際誌に掲載され、多くの反響を呼んだ。今後、この記述に基づいた理論的な解析が進められれば、遺伝子発現制御に関する見通しのよい理解が得られ、さらには、従来の人工物に対する制御理論の枠組みを超えた、生物特有の複合制御という性質に着目することで、生物制御系の設計原理に対する示唆が得られることが期待される。
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