本研究の目的は、複雑な時系列処理を可能にする神経機構を解明することである。その動物モデルとして、ジュウシマツという小鳥を用いる。ジュウシマツの歌は、無音区間で区切られた歌要素を時系列に並べた学習性の音声である。その系列規則は有限状態文法で記述できる。歌を学習する際に聴覚を奪ってしまうと学習が阻害されることから、歌制御系に聴覚情報がどのように入ってくるのかを明らかにすることが重要となる。 歌制御系の中でも主に系列制御に関わると考えられているHVCから単一細胞記録を行い、作り得る全ての歌要素ペア刺激に対する聴覚応答を調べた。HVCニューロンは緩い系列応答特性を持ち、その特性は同一個体内で異なることが分かった。ポピュレーションダイナミクス解析を行ったところ、一音目の呈示後には一音目のグループでクラスタリングされたが、二音目の呈示後には二音目のグループでのクラスタリングにオーバーラップが残ることを明らかにした。相互情報量解析を行ったところ、一音目と二音目の関係性を示す関連性情報量が有意なピークを持つという結果を得た。以上のことから、ジュウシマツHVCにおいて歌要素系列の情報がポピュレーションレベルでコードされていることが明らかとなった。 こうしたコーディングが、どのようなネットワークと学習則によって作り出されるか検討するために、スパイキングニューロンを多数繋げた数理モデルを構築した。このネットワークにバースト系列を入力させてSTDP学習則を適用したところ、系列選択性が獲得された。しかし、電気生理実験で得られた系列選択性を全て説明するには、より時間スケールの長いコンポーネントや、新しい学習則が必要であることが示唆された。また、こうした系列の情報表現が、理論の立場から提案されているカントールコーディングと、密接に関係していることを明らかにした。
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