転写因子ATF-2は脳に豊富に存在するcAMP応答配列結合タンパク質として同定されている。培養細胞を用いた過去の研究において、ATF-2のリン酸化によってカテコールアミン合成の律速酵素であるチロシン水酸化酵素(TH)の発現が増大することを報告した。ATF-2によるTH遺伝子の転写制御を検討するため、本年度は、胎生期のATF-2 KOマウス(ホモ欠損型)におけるTHおよび他のカテコールアミン合成酵素の発現について詳細な解析を行った。その結果、(1)延髄や青斑核におけるTH発現の顕著な増大、(2)大縫線核における異所性のTH発現、(3)A10背側神経の消失が認められた一方で、嗅球におけるTH発現に変化はなかった。これらのデータから、ATF-2欠損の影響は脳の尾側(caudal)で顕著であり、頭側(rostra1)に向かって徐々に影響が減少することが示された。さらに、ATF-2 KOマウスのカテコールアミン神経は、樹状突起分枝の亢進や軸索の短縮など、神経突起の進展に異常があることを見出した。これらの研究結果により、カテコールアミン神経のTH発現と神経突起伸長を適正に行うためには、ATF-2が必須であることが示唆された。特に、培養細胞におけるリン酸化型ATF-2によるTH発現増大と、脳尾側におけるATF-2欠損によるTH発現増大に基づき、ATF-2(非リン酸化型)はTH遺伝子転写制御におけるリプレッサーとして機能すると考えられた。神経栄養因子やTGF-βのサブタイプはカテコールアミン神経の分化発達に必須であり、ATF-2をリン酸化/活性化することが知られている。一方でATF-2のリン酸化はアポトーシスの指標とされ、神経細胞死を誘起するとされている。本研究成果によって、未だ明確でない神経細胞の分化発達におけるATF-2リン酸化機構を明らかにすることの重要性が提起された。
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