マカクザルの生後発達過程において、手指の巧緻動作の発達は比較的遅く、生後半年以降に成熟することが知られている。第一次運動野から脊髄運動ニューロンへと至る単シナプス性経路(皮質運動神経投射)が生後に形成されることが上肢運動機能の発達の構造的基盤となっていると考えられている一方、脳内神経回路の変化に関してはこれまであまり注目されてこなかった。手指の動作発達の基盤となる脳内神経回路変化を明らかにするために、神経突起の構造変化にかかわる神経成長関連タンパクに着目し、その発現をニホンザルおよびアカゲザルにおいて調べた。具体的には、生後2日、1週間、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、および成熟個体の運動関連領野において、シナプス前膜とシナプス後膜にそれぞれ存在する神経成長関連タンパクであるGAP-43およびneurograninの遺伝子発現をin situハイブリダイゼーション法により明らかにした。顕微鏡画像を画像解析装置(MICD、Imaging Research社)に取り込み、吸光度を測定することで、各運動関連領野のそれぞれの発達時期における発現を定量的に評価した。その結果、GAP-43およびneurograninの発現は生後2から6ヶ月のサルの運動皮質において一過性に上昇することが明らかになった。発現の上昇は皮質運動神経投射の起始する5層の大型錐体細胞だけでなく、主として皮質間結合を担う3層の錐体細胞においてもみられた。さらにGAP-43の遺伝子発現は運度皮質と緊密な繊維連絡を持つ皮質化構造である被殻においても生後一過性に上昇することが明らかになった。本研究結果は、GAP-43やneurograninの関わる神経回路形成が生後数ヶ月の運動皮質内、および運動に関係した脳内ループ構造で生じ、これが手指の巧緻動作が発達するための神経基盤となっている可能性を示すものである。
|