本研究は、味覚のワーキングメモリ(WM)を対象として、味覚情報処理における高次脳機能を検討する。従来のWMのモデルは、視覚、聴覚情報を対象とした研究に基づいており、味覚のWMを対象とした脳機能研究も行われていない。味覚のWMも他の感覚のWMと同様の高次脳領域が関与するのだろうか。 従来、ヒト脳機能計測機器の多くは被験者への拘束性が高く、味わって心理課題を行う際の脳活動計測が困難だった。一方、近年脳機能研究への応用が進んだfNIRS(機能的近赤外分光法)は、被験者への拘束性が低く、実験設定の自由度が高い。そこで、fNIRSを用いて、味覚のWMに関与する前頭前野活動を計測した。味覚実験では、刺激呈示の間に漱ぎを行なう必要があるため、課題には通常のWM課題よりも刺激間隔が長く、WMと類似した前頭領域の関与が示唆されているエピソード記憶課題を利用した。 前頭活動に対する味サンプルの性質および、記憶過程の違いの影響を検討したところ、サンプルの性質については言葉で表現しやすいサンプルの方が言葉で表現しにくいサンプルより、記憶の際に「音韻ループ」に相当する左下前頭領域の関与が高い傾向が認められた。また、記憶過程については、記銘過程より再認過程で前頭前野の右脳の活動が高まることが明らかになった。これらは視聴覚で示唆されてきたWMおよびエピソード記憶の学説と一致しており味覚の高次処理でも、視聴覚の場合と同様の前頭領域が関与する可能性が示唆された。
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