研究概要 |
本研究の目的は, アメリカ合衆国において医療が専門化する過程で, 特に女性の身体が医師や国家の管理対象となっていく過程を解明することである。本年度は優生学的措置としての断種政策に焦点を当て, 20世紀初頭における優生学の発展と普及, 優生学的処遇の対象者の社会的地位と処遇方法の変化, 科学と専門家の役割について考察した。アメリカの優生学運動は, 理論と実践のいずれの次元においても20世紀優生学が最も普及した興型であるが, その実態と意味は十分に解明されているとは言えず多くの問題を提起している。20世紀初頭の優生学運動は, 移民制限や断種の実施へと展開し, このような消極的優生学(negative eugenics)の処遇の対象者は, 犯罪者から精神的・身体的障害者, 売春婦, アルコール中毒者, 麻中毒者そして貧困者に至るまで広範囲に及んだが, 20世紀初頭までの社会的「不適者においては, 精神薄弱がその典型として優生学的処置の主要な対象となった。従って精神薄弱者のいかなる心身特性がいかなる理由により「不適」と見なされたのか, 精神薄弱者減少・消滅策として断種を主とする生殖防止論が提起されるに至った社会的・科学的認識について検討した。断種に対する支持が広まったのは男性に対しては去勢よりも安全で簡便で安価で効な精管切除術が適用されそれが身・性的能力や性徴の喪失を伴うことなく, 婚姻を含めて一般社会で自由な生活を享受することができ, 法的道義的問題が相対的に少ないこと心身を改善する治療効果があるという主張が受容されたからであると説明されている。しかし断種手術は男性のみに対して行われたわけではなく, 女性に対する断種手術の方が危険であったにもかかわらず, 女性の方が数多く断種された。また州によって男女比の差異がかなりあったので, その意味に関してももっと詳細に検討する必要があることを示唆した。
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