研究概要 |
本研究は,19世紀末の赤外部スペクトル実験研究に関する歴史的分析を通して,当研究分野の貢献がドイツとアメリカの科学者に「偏在」していた理由を探るものである.この目的のために,2006年度では,1880年代〜90年代の赤外部スペクトル実験に携わったドイツ人科学者の研究動向調査を行い,彼らの研究の目的と成果を明らかにすることに努めた.調査対象の科学者は,主に,Otto Lummer, Heinrich Rubens, Ferdinand Kurlbaum, Ernst Pringsheim, Friedrich Paschenであった. Paschenについては,拙論「1890年代の熱輻射分布法則導出におけるパッシェンの実験研究の先導的役割」(『科学史研究』240号)において,1893年のPaschenの研究が,1890年代の赤外部を中心とした熱輻射分布法則に関する実験研究の重要な転換点となったことを明らかにした.それ以前の赤外部関連の研究は,アメリカのLangley,ドイツのPringsheim, Lummer, Rubensらによって展開されていたが,Langley, Pringsheimらの研究は天文学に,Lummerらの研究は光度や温度の標準研究に,Rubensらの研究は電気研究に向けられており,同質な実験機器・実験方法を共有しつつも各研究の方向性は異なっていた.このような状況下にあった各実験研究の共有部分を,熱輻射分布法則導出という特定の目的のために活用したのが,1893年のPaschenの研究であり,赤外部スペクトルを研究対象にした研究の質をより高める契機を提供した. また,Rubensについては,拙発表「H.Rubensの熱輻射実験」(日本物理学会2007年3月21日,鹿児島大学)において,1880年代〜1890年代にかけてのRubensの赤外部スペクトル研究が,当時のベルリンを中心にHelmholtzによって主導された電磁波関連研究の一部としての性格が強いことを示した.Rubensの長波長スペクトルを単離する研究は,電気的波と光学的波を「関係づける」目的と重なっていたのである. さらに,東京工業大学の火曜ゼミナールにおいて「実験カルチャーの結節点-19-20世紀転換期の熱輻射研究への新たな視点」(2007年2月6日,東工大)を報告し,赤外部を主とした1890年代の熱輻射研究にとって,実験機器,実験設定,実験目的を含めた各種の実験カルチャーの結節が重要であることを示した.各種カルチャーとは,Lummerらの標準研究,Rubensらの電磁波研究,Paschenらの分光学研究(天文学研究含む)に関わるものである.三種のカルチャーの1890年代における結節は,Paschenの研究による契機や,実験機器・研究環境の類似性から,その度合いを深めて,19-20世紀転換期における量子物理学の出発点にっながることを示した.カルチャーと物理学の関係については,Forman会議(3月23-25日,バンクーバー)での議論を通して理解を深めた.
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