【背景と目的】これまで、高等植物における放射線影響メカニズムは十分に理解されていなかった。そこで本研究では、植物細胞における放射線の照射効果と照射細胞から非照射細胞へ伝達されるバイスタンダー効果の有無について調査した。【実験方法】タバコ培養細胞BY-2株に60Coγ線あるいは18.3MeV/u炭素イオンを照射した。照射後、細胞を新鮮な培地に移し変えて、15分間から4週間まで培養を続けた。細胞を適宜分取して、増殖率の測定、パルスフィールドゲル電気泳動法によるDNA2本鎖切断(DSB)の定量、フローサイトメトリーによる細胞周期の解析、顕微鏡観察による微小核頻度ならびに分裂指数の測定を行った。【結果と意義】1.植物細胞として初めてDSB修復効率を定量した。タバコ細胞のDSB修復効率は哺乳動物細胞と同程度で、タバコ細胞の放射線耐性に対する修復効率の貢献度が低い可能性を示した。2.照射24時間後にG2/M期で細胞周期が一過性に停止、48時間後にリリースされた。一方、微小核頻度は48時間後に最大となり、細胞周期チェックポイントとDNA修復機構との非同期性が予想された。3.照射4週間後まで、微小核頻度の有意な上昇と増殖率の低下が認められた。これは、放射線が植物細胞にゲノム不安定性を誘発することを示す、初の証拠である。4.細胞集団の0.01から10%が照射細胞になるように、炭素イオン照射細胞と非照射細胞を混合、あるいは、マイクロビーム照射した後、細胞周期がG2/M期で一過性停止した細胞割合、微小核頻度および増殖率を測定したが、照射細胞の割合から予想される照射効果を上回る効果は検出されなかった。このことから、植物細胞ではバイスタンダー効果が無いか、哺乳動物細胞とは作用機序が異なる可能性が考えられた。
|