今年度は、マレーシアヌグリ・スンビラン州のサバ州出身のサマ人、およびインドネシアの東ジャワ州カンゲアン諸島、ゴロンタロ州それぞれのサマ人集落を対象に、開発過程と社会文化変容に関するフィールド調査を実施した。同時に、プロジェクトの最終年度であることをふまえ、調査実施国のカウンターパートに対し、これまでの研究成果を次のとおり報告した。(1)マレーシア国民大学 : 新経済政策およびそれ以降の開発過程におけるサマ人の生業変容、イスラーム化・マレー化、集団内部の社会的分化を中心に報告。(2)インドネシア科学院およびハサヌディン大学 : スハルト期およびそれ以降の開発過程におけるサマ人の生業と移動ネットワークの変容と持続、サマ人のエスニシティの動態を中心に報告。 調査成果の要点は、次のとおりである。インドネシアにおいては、スハルト体制下で強権的な開発政策が進められ、それはサマ人社会に大きな社会的、文化的変容をもたらした。その変容は、国家を基盤とする開発主義的な社会秩序の周縁世界への浸透を意味した。しかし90年代末のスハルト政権崩壊後は、民間イスラーム団体(例 : イスラーム協会PERSIS)などを軸とする、住民主導型の開発実践が進められるようにもなっていた。つまり、インドネシアの周縁世界では、民間主導のオルタナティヴな開発のあり方が模索されているわけである。他方、マレーシアでは、開発主義政策を率いてきたマハティール首相は退任したが、国家主導の開発主義体制そのものが大きく変化することはなかった。ここでは、サマ人を含む周縁世界の村落レベルにいたるまで、上からの開発主義が浸透し、それがミクロな社会秩序をも制約しているのである。なおインドネシアとは異なり、イスラームは国家により管理されており、それがオルタナティヴな開発を構想する可能性は、現時点ではきわめて低い。
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