研究概要 |
本年度は,言語の越境的な自己形成のダイナミズムを,現代の「グローバル化」した世界に生きる私たちが,自分とは共約不可能な他者とのあいだに回路を開き,そのような他者と応えあう可能性を照射するものとして提示しようと試みる研究に取り組もうと、越境的な創作活動を続ける芸術家が自作を紹介する場に参加したり,越境的な文学に関する文献を渉猟したりしたが,発表できたのは,おもにベンヤミンの言語哲学が私たちの「応答可能性」を示唆していることを提示する論考と,ベンヤミンをはじめとするディアスポラの思想家の「メシア的」とも言うべき歴史哲学の現代的意義を提示する論考であった。芸術的表現も視野に入れながら,「ディアスポラの言語」の表現の可能性をできるだけ早い時期に論じたいと思うが,歴史哲学にあらためて取り組んだことで,それと言語哲学の連関を考えるという新たな課題も浮上してきた。まず10月には,ベンヤミンの言語哲学が,ハーマンやフンボルトの伝統から出発しながら,言語そのもののもつ共約不可能な他者に応答する力を取り出すどともに,その力をそれぞれの言語が越境的に発揮するような言語的実践の可能性を示していることを明らかにする論文「応答する力へ-ベンヤミンの言語哲学の射程」を論文集『思索の道標をもとめて』の一章として公刊した。11月には,メシアの概念をめぐるベンヤミンとデリダの思想を接続させ,両者の現代的意義を提示する研究発表「メシアニズムなきメシア的なものの系譜」を行なった。2月には,ベンヤミンとハイデガーの歴史論を対照させ,ベンヤミンの歴史論が,過去の記憶との関係においで自己自身を見つめなおし、他者と新たな関係を築く余地を開く可能性を示唆していることを明らかにする論文「出来事から歴史へ」を公刊した。3月には,ベンヤミンの生涯を描くとともに,その言語哲学,美学,歴史哲学を紹介する論考を,哲学通史の一章として公刊した。
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