本年度はクールノーの確率論の研究に本格的に取り組み、彼の確率論の主要著作である『偶然と確率の理論の詳解』(1841)ならびにその後の著作における確率論の諸部分の分析に取り組んだ。この中で明らかになったことは、第二次科学革命とも呼ばれる19世紀における確率論や統計学の変貌を前にして、クールノーがいかにしてこれら諸学を認識論的・存在論的に基礎付けようとしたかの手法の問題である。彼は一方で、「偶然」を実在論的に定義し、「偶然」に客観的な存在身分を与えようとし、そのことによって「隅然」の生じる確率を、実証科学の枠内で論じようとした。またこの考察において、彼がいわゆる物理的因果性と統計的規則性との区別に成功していることは、注目に値する。このことは同時代の実証主義者であるオーギュスト・コントと著しい対照をなしている。すなわちオーギュスト・コントはその科学哲学の前提の故に確率・統計に対して否定的な態度を取り続けたのに対し、クールノーはこれら諸学の認識論の基礎付けを行っており、この点で二人の実証主義者は大きく分かれて行く。 これらの成果は既に、2008年6月に出版の決定している『エピステモロジーの可能性』(慶應大学出版会)のうちに発表されることとなっている。また、クールノーの偶然論を一般向けに詳解する「クールノーの偶然論」が、2008年5月、創文社のPR誌である『創文』に掲載されることが決定している。
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