近代中国における「社会」認識に関する研究を深めるための、以下のような多面的な視野からいくつかの論文を作成した。ひとつには日本と中国におけるルソーの「社会契約論」の受容を検討するもので、19世紀末に日本語訳された「民約論」を近代の中国人がどのように受け入れたのかを分析することによって、当時の知識人が中国「社会」をどのように認識していたのかを解明することができた。「清末「革命」再考」なる論文では、清末における「革命」の言説を分析するなかで、当該時期に起こった「教育救国論」が「中等社会」論なる独特の「社会」認識に依拠していたことを指摘している。この「中等社会」論は明治日本で盛んに言われたものであり、在日留学生を通じて中国の知識界にも伝わった。エリート知識人を主体とする上等社会と、下層の下等社会の間をつなぐ役割を期待されたものであった。論文「清末文人の読書生活」では20世紀初頭に上海で生活した文人の日記をおもに彼の読書生活、何をどのように読んだのか、を中心に初歩的な分析を行った。「高等遊民」である文人であったが、日本書や中国書を中心に読書範囲は広く、しかも当時の中国「社会」に対する鋭い批評眼を備えていた。彼の日記を読めば、当時の中国社会を知識人がどのように見ていたのか、リアルに把握することができよう。また別の論文では「進化」概念の日、中両国での受容の詳細を「概念」史、思想史の立場から追った。当時の進化論が主に「社会進化論」として受容されていたことを思えば、当研究プロジェクトにとっても意味ある研究であったといえるであろう。当時の中国知識人がどのように「社会」を捉えていたのかを理解するためには様々な方法論がとりえると思われる。本年度は思想史的な分析を主にしつつも、「概念」史やあるいは日記分析など異なるアプローチも試みた。今年度もひきつづき多面的な探求を深めていきたいと考える。
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