本調査研究は、芸術的・文化的産物が産業社会における貴重な資本/守るべき国家遺産とみなされていく近代の流れのなかで制作された、挿絵入り美術出版物の背景と意義、および、国際的な往来の概要について、近代フランスと日本を中心に明らかにするものである。本年度は、(1)応用芸術に関連する挿絵入り美術出版物の役割と意義に関する同時代の評価、(2)絵入り美術出版物の贈与を通じたフランスの対外文化政策、特に明治日本との関係をめぐる調査研究と資料収集を進めた。(1)については、主にパリの国立図書館版画室および印刷書籍部、装飾芸術美術館図書室において、この分野の代表的な版画家ジュール・ジャックマールとエドゥアール・リエヴルの制作活動と評価について、資料収集と考察をおこないつつ、デジタル画像の収集に努めた。(2)については、早稲田大学や東京大学等の大学図書館、国立国会図書館、国立公文書館、国文学研究資料館などでの国内調査と平行して、パリの国立公文書館、および東洋言語学校(現INALCO)での資料調査を進めた。同学校は、1870年代から19世紀末にかけて、付属図書室の形成のため、東洋諸国政府とのあいだの交換事業によって、東洋語書籍の入手をはかっている。日本側からフランス宛に送られてきた数千冊に及ぶ書籍類については、すでに国文学研究資料館の協力の下に目録が作られているが、フランス側から日本宛に送られてきたはずの書籍類については、手つかずのままであった。本調査ははじめて、その一部として、現在の国立国会図書館(東京)が所蔵する約50冊を特定し、そこに応用芸術運動、明治の洋画史、文化財保護との関係など、美術史的、文化史的観点から興味深いイメージとテキストが含まれていること、明治の文化財行政に貢献し、近年注目が集まっている蜷川式胤の関与という新事実を明らかにすることができた。
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