日本絵画史における紺紙金字法華経見返絵(経絵)の位置づけを明らかにすることを目的としている。19年度は、経絵に特徴的な表現様式である経絵様式の成立過程をたどり、ほかのジャンルの絵画にはない経絵独自の絵画的特徴を解明するため、下記の作品の実地調査・研究を行った。 1、奈良時代・平安時代の作品(定型図様の系譜) (1)紺紙銀字華厳経断簡(二月堂焼経)1紙 8世紀(東北大学附属図書館所蔵)※見返絵なし (2)紺紙金銀交書称讃浄土仏摂受経(中尊寺経)1巻(同上) (3)紺紙金字妙法蓮華経巻第八(中尊寺経)1巻 保延六年銘(同上) (4)紺紙金字大智度論巻第二十四・二十八(神護寺経)2巻(同上)※墨印あり (5)紺紙金字大般若波羅蜜多経巻第百六十六(伝中尊寺経)1巻(同上) (6)紺紙金字法華経並開結10巻(賀茂別雷神社所蔵)※画像による分析 2、平安時代の作品(非定型図様の系譜) (7)紺紙金字妙法蓮華経巻第八 1巻(同上)※墨印あり 3、韓国の作品 (8)紺紙銀字妙法蓮華経巻第四(高麗経)朝鮮時代ヵ 1帖(同上) (9)白紙金字妙法蓮華経巻第六(高麗経)高麗時代 1帖(同上) 上記の実地調査による新知見は、(7)の東北大学本法華経巻第八と(4)の神護寺経に関して赤外線撮影をおこなったところ、これまで指摘されたことのない墨印の存在が確認できたことである。(7)については、書体は平安時代の写経体に近いが、図様が大陸系のものであるため、制作背景について問題とされてきた。今回発見された墨印を、平安時代の作品に見られる同種の「紙師の印」と比較することで、その制作地に関する研究材料が増えたことになる。また、韓国・中国の作品見学をとおして、日本の作品の特徴として、経絵に描かれる題材の数が少なく表現も簡素であることが、詳細なモチーフ比較から明確になった。
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