日本絵画史における経典見返絵(以下、経絵と呼ぶ)の位置づけを明らかにすることを目的とし、経絵様式の特徴を確認するため、下記のとおり、経絵の盛んに制作された平安時代後期の作品を中心とし(1〜3)、中国(元時代ヵ)の作品(4)も含め調査・研究を行った。 (1)京都・加茂別雷神社本法華経并開結10巻 (2)滋賀・浄光寺本法華経并開結10巻 (3)久留米・善導寺本観普腎経承安2年(1172)奥書1巻 (4)仙台・陸奥国分寺本法華経巻第六1巻 調査による新知見は下記のとおりである。 (1)をその画風分析から、善通寺本法華経巻第一・厳島神社壬本と同一工房の作であると判断した。これを含め、同一工房作として、長福寺本グループ、松寺グループの3つを挙げうるが、これら同じ工房の作とみなせる作品間で、説話を構成する人物の動勢や、現実の世俗モチーフの描写に多様な変化が認められ、その変化が経絵独特の軽妙な説話表現に結びついていることが確認できた。 (2)では無量に「法水洗垢」が描かれているが、これは平安時代の経絵の中で2例にしか見いだされない新主題である。しかもその表現は、扇面法華経(12世紀)に表された洗濯する女の姿と近く、経絵における世俗モチーフを用いた新主題表現として着目される。 (3)は年紀銘をもつ基準作であるが、余白を犬きくとった空間構成と簡略ながら線描を生かしたモチーフ描写によって空中より飛来する菩薩の動勢に観者の視点が導かれ、全体として優れた説話表現が達成されていることが確認できた。 (4)では多くめ主題が文字を記した画中短冊形とともに描かれており、経典内容の具体的説明が重視されているが、このような中国作品と比較することで平安時代経絵の特徴が明確となった。 以上の分析から、平安時代の経絵様式を、定型構図を利用した空間構成、仏菩薩の類型描写、線描を生かしたモチーフ表現によってつくり上げられた、小画面の仏教説話画として典型的な一様式と位置づけた。
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