研究概要 |
本年度は,宋代宮廷における重要な文物収集と公開機関である三館秘閣六閣と,その前提となる文物と人間の関わりについて,以下の基礎的考察を行った。 (1)文物が作る社会・アイデンティティー(『LOTUS』27号) 美術史学は美術作品を扱う学問であるが,同時にその作品は「文物」として歴史的,民族的,国家的意義をももっている。日本近代に於けるその役割については近年多くの考察が成されてきたが,中国近代におけるその問題については看過されがちであった。1937年の南京における中国芸術史学会成立を機に,中国のモノの世界が「文物」へと変化し,近代の「文物」が新しい人間像(美術史家)を生む過程を考察した。これは宋代におけるコレクションと人間の関係を考察する本研究の視点の基礎ともなるものである。 (2)朝鮮初期山水と北宋山水(『美のたより』No.161,および『典蔵古美術』No.184)高麗王朝は北宋から郭煕の山水図を贈られるが,これは北宋三館秘閣と高麗宮廷の収蔵機関の政治的交流の結果とも言える。郭煕「早春図」の構図が,高麗-朝鮮王朝へも古典として継承されていく過程を,「煙寺暮鍾図」(大和文華館蔵)を具体例として考察した。 その他今年度は「宋代三館秘閣の機能と文物交流」と題して発表を行った(「東アジア海域文化交流の中の五山禅林」シンポジウム,於:大阪大学)。また,アメリカ東海岸(ボストン美術館,メトロポリタン美術館,プリンストン大学美術館,フリアギャラリー)において李郭派山水を中心に調査をおこない,宋代山水画史の形成と伝播について大きな知見を得た。
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