本年度の研究実績として、まず昨年度から進めている『散木奇歌集』全訳注の作業において、悲嘆部の訳注をおこなったことを挙げたい(公刊は全て訳出してからの予定)。当該部分は、大宰府で客死した父の死を悼みつつ上京する折に道中で詠まれた哀傷歌が部立の大半を占めており、土地柄を詠み込むなど難解な語句や表現が多く、江戸時代に国学者村上忠順が著した『散木奇歌集標注』を参照しつつ訳出した。また、それに関連して、福岡市博物館所蔵の『散木集抜書』を調査した。該本は国学者青柳種信による写本で、『実方集』『重之集』『相模集』の抜書とともに『散木奇歌集』第五「旅宿」から筑紫の地名が詠まれている歌を中心に数首、悲嘆部からやはり筑紫の地名が明記されている歌を中心に青柳の興味を引いたと思われる歌数首が抜き書きされているもので、当地の国学者における『散木奇歌集』への関心・享受のありようが知られる珍しい本であった。合綴されている他の私家集の抜書と共に、翻刻等報告の機会を持ちたいと考えている。 『俊頼髄脳』の電子情報化については、本年度は同書の異本の一つである『唯独自見抄』について、その私家版のテキストをデータ化したので、関係者に配布する予定である。 また、本研究に関連する実績として、室町時代中期に聖護院門跡として、また文学者としても活躍した聖護院道興の書写になる『袖中最要抄』という新出の歌学書の抄出書を調査し、その報告を論文化したことを挙げたい。本書は院政期の歌学書『袖中抄』の抄出だが、『袖中抄』が検討の上挙げる『俊頼髄脳』等の歌学書の諸説が恣意的に扱われており、間接的だが『俊頼髄脳』等の享受の様相を探る上で一助となるものと考える。継続して考察している後鳥羽院の俊頼享受の実態については、今年度中の考察の成果を、来年度に学会で報告(和歌文学会五月例会)し、論文化する予定である。
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