この研究では、北米日系移民の日本語文学についての歴史的かつ横断的な考察を行った。日本とアメリカという二つの文化の狭間に位置し、社会的にも経済的にもその双方の影響を深く受けて展開したこの領域は、国境をまたいで広がる文化の動態を考えるには格好の材料となる。 三年間の研究の結果、永井荷風、翁久允、中島直人、谷譲次などの関連する作家、またサンフランシスコを中心とした日本語メディアの展開や、書店の成立とその役割などが判明した。具体的に言えば、前者において、永井荷風の在米活動を当時の在米日本人の視点から再評価し位置づけ直す試みを行い、また翁久允の移民地独自の文学活動を目指す移民地文芸論およびその実践に関する研究ほかを行った。後者においては、邦字新聞の文芸欄の分析や、『桑港之栞』などの雑誌の調査分析を行った。さらにサンフランシスコの日本人町における書店の成立とその商売の在り方を分析し、太平洋をまたぐ書物の流通網について分析を行った。 総合的に述べれば、この研究により、まず第一には日系移民の日本語文学を考えるには、その基盤となった日本語環境の国際的な広がりの実証が大切であることが判明した。これについては、つぎの科研の計画でさらに展開させたい。また、そうした基盤とそれを利用して展開する文学など諸芸術との関係も、注意深く考察する必要があることがわかった。両者は、基盤が文化を規定するような単純な関係にはなっていない。双方向的、重層的な規定の在り方を、細かく見ていく必要があるのである。
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