研究概要 |
今年度は、女流廉価版小説家の一人であるMary CorelliをBertha M. Clayの作品とともに調査した。なかでもCorelliのVendetta。に影響を受けた黒岩涙香の作品「白髪鬼」は、さらにその後に江戸川乱歩に影響を与えて同名の小説「白髪鬼」を書かせているため、この三作品の比較検証は詳細に行った。その段階で、英米でセンセーショナルノベルとして廉価版としての扱いの域を出なかった原作が、明治期に黒岩涙香の手になって一つの翻訳の名作となり、さらに時代が下った後は昭和初期独特の風潮を受けて換骨奪胎された翻案として乱歩独特の名翻案「白髪鬼」として再生産されたことは、翻訳や翻案の手法が従来の作家個人の問題のみならず、読者受容を含めた時代の影響をいかに受けたものであったかという背景を明らかにしている。この詳細は、拙論にまとめており、一部概要は口頭発表も行っている。 また、Bertha M. Clayの作品が涙香に影響を与えた問題については、昨年夏に開催されたSHARP(Society for the History of Authorship, Reading and Publishing)Copenhagen 2008において研究発表を行っている。具体的にはその文体の問題に焦点を当て、どのような文脈がなぜBertha M. Clay作品に対応させられ、あるいは異同が生じたのかを考察した。その際、黒岩涙香と同時期に活躍していた小栗風葉、森田思軒にも言及し、日本で最初にBertha M. Clayを翻訳した末松謙澄訳から数十年にどのような異同があったのかを検証した。
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