本年度は前年度に引き続き、国立公文書館内閣文庫、法政大学能楽研究所などに所蔵される江戸幕府関係の能番組や日記・記録をもとに、江戸幕府における演能データベースのデータ収集を行なった。これと平行して、江戸後末期を中心にこれまで収集してきたデータの入力作業を行ない、演能データベースの基礎を構築することが出来た。対象とした江戸中後期は、江戸城での御能が表能と奥能とに明確に分かれ、観世座をばじめとする五座の役者が中心であった表能に対し、奥向きでは将軍の御側に仕える役人による素人能が盛んに行われた時代であるが、従来、こうした奥向きでの素人能についてはほとんど注目されることがなかった。データの収集蓄積によって、そのような奥能の実態を明らかにしえたことが、今年度の研究の最大の成果といえる。これによって、江戸幕府の能が五座役者のみならず、幅広い素人によっても支えられていた実態が明らかになったわけで、武家式楽としての側面ばかりが強調されがちであった江戸幕府の演能史に新たな光を照射するものといえよう。しかしながら、今年度中に構築することが出来たデータベースの範囲は、三百年近くにも及ぶ江戸幕府の演能史からすれば、まだごく僅かな範囲にとどまっている。また、トータルな江戸幕府演能史の実態を明らかにするには、演能に際して能役者が書き留めた個々の演出資料をも参照し、演能データベースとリンクさせることにより、江戸城における能が具体的にどのように演じられていたかを明らかにする必要があろう。これらについては、データベースの拡充とともに、今後の課題としたい。
|