当初の計画では、平成19年度はアメリカに渡航してニューヨーク公立図書館バーグ・コレクションやアメリカ国会図書館のナボコフ・アーカイブでの資料収集を行い、その検討に基づいて新しい成果を発表するつもりだったのだが、4月に東京大学に移籍したことや、家庭の事情により、それがかなわなかった。そのかわり、画期的な著書Nabokov's Otherworld"によりナボコフ研究の流れを大きく変えたウラジーミル・アレクサンドロフ氏の招聘が他のフォンド(日本学術振興会「人文・社会科学振興のためのプロジェクト」研究領域V-1「伝統と越境-とどまる力と越え行く流れのインタラクション」第2グループ「越境と多文化」)の協力によって実現し、貴重な意見交換の機会をもつことができた。アレクサンドロフ氏は自身も亡命系ロシア人の第二世代であり、ナボコフ研究にかかわる情報や知見に限らず、亡命ロシア社会の自己意識の問題などについても、興味深い意見をうかがうことができた。 本課題に直結する今年度の具体的な成果は、上に挙げた理由により、極めて限定的なものにとどまっている。『英語青年』に発表した論考「里帰りしたロリータと子供たち-ソ連、ロシアにおける『ロリータ』の受容と変容」では、ソ連の文芸誌や新聞に掲載された記事においてナボコフをはじめとする亡命文学がどのように扱われていたかを分析することによって、ソ連時代の文芸批評のありかたを浮かび上がらせるとともに、19世紀から現代ロシアのポストモダニズムまでのロシア文学とナボコフの作品との関連性を論じた。柱となる二つのテーマはどちらも大きなものであり、誌面の制約上、充分に論じきれなかった部分については、今後の課題としたい。
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