本年度は、昨年度の成果を受け、引き続きシェイクスピア受容史関連資料の収集および分析をおこなった。 とりわけ、昨年度の研究において新たに発掘した明治日本における『オセロー』受容に関する新資料のさらなる分析をおこなった。 明治日本における『オセロー』受容に関しては、条野採菊の『痘痕伝七郎』や川上音二郎一座による『正劇オセロー』公演が広く知られており、これらに関しては、先行研究も存在する。しかし、これまで受容史においてまったく語られなかった作品として、宇田川文海が『大阪毎日新聞』に連載した『阪東武者』が存在する。本年度は、昨年度に発掘した同作品について、当時の関連資料を参照しつつ、考察を深めた。 『阪東武者』をはじめとする当時の翻案受容において、オセローの「黒さ」は、「美醜」の問題に置き換えられている。これには、『籠釣瓶花街酔醒』のような歌舞伎作品の存在の影響が考えられる。 また、「人種」問題の「美醜」への置き換えは、一見すると『オセロー』という作品の持っていた政治性を喪失させる行為に見えるが、当時の「異人」表象、とりわけペリー総督の肖像画を考慮すると、その政治性が明らかとなる。 『阪東武者』は、女性(=日本)が、「異人」性を帯びた男性によって「西洋化」されることへの不安の政治学をあぶりだすテクストなのである。
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