昨年度までの調査を踏まえ、以下の問題を中心に考察を進めた : (1)愛国者と「他者」の表象、(2)女性作家と「公共圏」。(1)については、作品においてイギリスの「他者」としてのフランスやオリエントの表象がいかに展開し、愛国者像の構築に作用しているか考察した。例えば、BurneyやEdgeworthの作品において、フランス文化と「イギリス(人)らしさ」は常に二項対立の関係におかれる訳ではない。そのような関連付けが、イングランド文化を標準としながらも文化的に柔軟な愛国者を支配層とする連合王国のあり方を模索する作品の政治性と連動していることを検証した。また、これらの作品が「イギリス人らしさ」というナショナル・アイデンティティを再構築する際、ジェンダー役割の規定を伴うことにも注目した。さらに、EdgeworthとOwensonの国民小説におけるアイルランド表象とオリエント表象の交錯にも着目した。そこで重層的に示されるイギリス文化にとっての「他者性」を考察する事は、彼女達の国民小説がScottの歴史小説に影響を与えるなど小説の可能性を広げたという背景からも重要であり、継続課題としたい。(2)に関しては、語り手として愛国者のあり方を描くと同時に体現してみせる女性小説家達と、「文芸の共和国」との間に介在する緊張関係を考察した。初年度より一貫して作品を広い文脈の中で捉える事を試みてきた。愛国主義を紡ぐ小説という、文化的に閉じているかのように思われがちである各作品の中に、当時のイギリスの文壇、「ケルト辺境」、フランス、地中海世界、中東、南アジアを結ぶ複雑な言説のネットワークの一端を検証できたのは意義深いといえよう。資料調査は、大英図書館、ロンドン大学東洋アフリカ研究所図書館等で行った。成果は、『ジェンダーから世界を読むII』所収の論文と、スチュアート朝研究会や日本英文学会関東支部のシンポジウムで公表した。
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