本年度は3年間の研究の最終年度に当たる。本年度の研究計画は、1年目および2年目の研究成果を踏まえ、20世紀初頭ロシア思想・文化史を、近代を超克する<新たな世界観>とそれを体現した<新しい人間>の創造の理念およびそれをめぐる論争という視角から、再構築することにあった。その際、従来の固定化された分類方法を廃し、新たな観点から既存の図式を組み替え、表層の活動分野の違いや抽象的認識理論の相違に基づく静態的図式ではなく、論争を軸とした動態的な思想・文化史の記述を試みた。 従来の通説では、20世紀初頭のロシア思想の特徴は実証主義・唯物論・無神論から観念論・宗教哲学・神秘思想への転換とされ、当時の知識人の間での論争(主に新しい思想潮流とマルクス主義との間での)は、新しい観念論哲学と古い唯物論との対立として理解されてきた。 本研究では、こうしたこれまでの図式を一面的なものとして廃し、当時の主要な諸潮流(観念論哲学、宗教思想、象徴主義芸術運動、マルクス主義)のいずれにおいても新たな<実在論>の探究が共通して見受けられる点、その際、この新しい<実在論>が近代的な主客二元論を解消すると同時に近代的個人主義を克服した新しい共同体を実現する<新しい人間>の礎を成すものとみなされていた点に着眼し、20世紀初頭のロシア思想を新しい<実在論>の探究と模索と特徴づけ、観念論哲学・象徴主義とマルクス主義との間の論争、また象徴主義内部の論争を、精神的危機意識と新たな<実在論>の渇望という共通基盤の上での<実在性>概念の理解と<実在論>のあり方の方向性をめぐる論争としてとらえ直した。 こうした本年度の成果については、現在、論考を準備中である。
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