研究概要 |
初年度にあたる平成18年度は、現在でもシチリア社会に慣習として残存し、民衆の生活や思考方法に影響を与えている、ギリシャやアラブ起源の祝祭や宗教儀礼を調査することで、シチリア文学に特徴的に見られる独特の死生観、宗教観を研究することを目的としていました。実績としては、シチリア島パレルモの町の聖ロザリーアの祝祭を実際に現地で取材し、また民俗学者のG.ピトレや作家でもあるL,シャーシャが著したシチリアの祝祭に関する文献学的資料を研究することで、シチリアの民衆が持つ宗教観・死生観を分析し、そこから得られた知見を下記の学術論文に発表しました。その中で、まず第一に、シチリア民衆が持つ現世主義的な宗教観を指摘しました。神の存在や来世における救済といった宗教の超越性には信を置かず、現世における実際的・物理的な救済を求め、身近な存在である聖人にすがりつく彼らの信仰は歴史的要因に帰されます。副王を通じた外国人支配とその制度維持のために温存された旧態依然とした大土地所有制、その中で搾取する農場管理人に、彼らと結託する腐敗した警察、司法。ユダヤ人の状況にも比せられるほどの抑圧の中で、自らの生命とそれを経済的に支える土地に執着するようになった結果が、彼らの物質主義であり信仰における現世主義へと繋がりました。また、彼らの死生観の特徴の一つとして、キリスト教的家父長社会に先立ってシチリアの地に存在していたギリシャ的な大地母神信仰の影響を指摘しました。生命を自然のサイクルになぞらえ、母親とのつながりを媒介にして再生・輪廻する存在とする彼らの死生観は、イタリアの他の地方においては見られないものであり、そこからG.ヴェルガやL.ピランデッロといったシチリアの作家たちの文学の特徴が生まれていることを指摘した。
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