十八世紀のウィーンで上演されたオペラの台本を分析することを通じて、イタリア語の音楽劇が宮廷社会で果たした役割について考察した。主として取り扱うのは、カール六世とマリア・テレジアの治世に宮廷詩人として活躍したピエトロ・メタスタジオ(1698-1782年)の音楽劇である。 今年度は第1に、オペラ・セリアの台本と、歌手の声域との関係に着目して、オペラで描かれるジェンダーの様相について分析した。現代の我々が「オペラ」として連想する演目はロマン主義以降の産物であり、「男らしい」テノールと「か弱い」ソプラノの悲恋を描いたものである。しかし十八世紀にはそのようなパターンは主流ではなかった。宮廷オペラのヒーローはカストラートー(去勢歌手)が歌う習慣であり、彼らは女性とほぼ同じか、それよりも高い音域で歌った。非日常的な高い声は気高さや性的な魅力のコードであり、「自然な」男声は若くない役柄(父親など)に追いやられていた。また、物語の中では性差よりも血統が重んじられ、結末のカギを握るのは常に王族であった。以上の点については、平成18年11月に口頭発表(於・東京音楽大学)を行った。 第2に十八世紀に出版されたメタスタジオの作品集を調査することを通じて、当時のオペラ台本(リブレット)が宮廷社会でどのようなステイタスを持って流通していたのかを考察した。1780年からパリで出版された全集は、冒頭に王妃マリーアントワネットへの献辞があり、協賛者として各国の王侯の名前が連なっている。また、作品の選び方や順序も現代の全集とは異なっている。当時の書籍は高額な贅沢品であり、それを出版すること、手に入れることの意味は現代とは大きく違っていたのだ。このような、舞台で上演されるものとは別の「書籍」としての台本の受容については、来年度の発表を予定して現在原稿を準備中である。
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