オペラ・セリアの台本を分析することを通じて、十八世紀の劇場におけるジェンダーの諸相を明らかにした。 今年度はメタスタジオのオペラ『シーロのアキッレ』を取り上げた。従来の音楽史においては、メタスタジオの「台本改革」によって、オペラから異装という要素は排除されたと説明されてきた。しかしこの作品において、主人公である若きアキレウスはほとんどの場面で女装しており、しかもその姿は魅力的なものとして描かれる。この作品はマリア・テレジアの婚礼のために1736年に初演されて大成功を収め、その後92年間にわたって欧州各地で再演された。この「女装オペラ」が広く受け入れられた要因は、当時のオペラでは英雄役の音域がヒロインと重なっており、さらに劇場の花形であるカストラートの容貌が女性的なものであったことが挙げられる。観客たちは舞台上で男女の境界が曖昧になり、時に入れ替わる様子に魅了されていたのである。実際、当時のローマでは、オペラでも演劇でも「女形」が一般的であった。したがって「国民を教化する詩人」となることを目指したお堅いメタスタジオですら、美貌の歌手・サリンベーニの出演が決まった時点で「女装」をテーマとする誘惑に抗えなかったのである。 現代のオペラハウスで定番となっている「ソプラノのヒロインがテノールのヒーローを愛して死ぬ」というパターンは1830年以降に成立したものに過ぎない。アンシャン・レジームの観客は両性具有の魅力に惹かれて劇場に足を運んでいたのである。
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