太平洋諸島での体験を持つ日本人として、特に昭和初期の作家・中島敦に焦点を当て、彼の小説に植民地における「異人種間の結婚」が寓意されていることと、そうした「混血の物語」が南洋植民地での体験を経て、被植民者の視点を取り入れた物語に変容していることを明らかにした。そして中島や同じく南洋体験を持つ現代作家・池澤夏樹等の南洋を描く文学は、太平洋諸島出身の作家達の英語文学と共通して、太平洋の海と島の世界観を通じて植民地・帝国主義的態度からの脱却を志向していることを、ハワイの日系作家、日本を描く他のアジア系作家やネイティヴ・ハワイアンの作家の文学との比較研究によって示した。また同時にこうしたハワイ作家への「日本文化」の影響やハワイ作家達の「日本」「日本文化」の捉え方の差異を考察し、日本人作家を含む「太平洋作家」の多様なあり方を提示した。 これらの研究成果は、本科学研究費補助金の交付を受けて行った、日本の統治下におかれた南洋群島ミクロネシアに関する当時の資料(地誌、研究論文、紀行文、小説、学校教材、写真帖等)の収集と、中島敦が滞在したパラオ及びサイパンでの現地調査に基づいている。 欧米や日本の帝国主義・植民地支配にたいする日本人の違和感や太平洋諸島の人々の抵抗を表す文化を扱ったこれらの研究成果は、注目されていないが優れて批判的な視点を持つ境界者やマイノリティの声を拾い上げ、また植民地・帝国主義という文化的・地理的・歴史的に異なる区分にまたがる問題を扱うことを「太平洋作家」という視点が可能にすることを示した。さらに超域的な文化研究として、比較文学、英語圏文学研究や、中島敦研究にも貢献する研究成果である。
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