本研究は、意味分析を得意とする認知言語学に基づいてアイヌ語の基礎文法を網羅的に分析・記述し、その成果を一般言語学に共通の用語・概念を用いた文法書・文典の形にまとめてアイヌ語研究の進展に資すると共に、語学教材向きの用語・概念を用いて基礎文法の概説書・参考書を編集してアイヌ語の学習と教育に貢献することを目的とする。一年目に「伝統的なアイヌ語学での基礎文法の扱い」を文献資料を用いて詳細に調査し、二年目に「それらの扱いが理論言語学でどう位置づけられるか」を検証して、三年目に「認知言語学の枠組み用いることで、アイヌ語の基礎文法についてどんな観察・分析・記述が得られるか」を明らかにすることを計画した。 一年目の本年度は、アイヌ語学の黎明期(19世紀)から現代までのアイヌ語学の大半の文献を収集し、基礎文法の諸項目に関する観察と記述を20世紀の主要な6(+1)文典を中心に精査して、その結果を項目毎に整理した。この成果を『アイヌ語学研究総覧』と題する研究報告書として印刷したことで、伝統的なアイヌ語学での研究成果を首尾良く一覧することが可能となり、二年目に計画されている「アイヌ語基礎文法の伝統的な扱いが理論言語学でどう位置づけられるかの検証」の準備が整った。 また、『アイヌ語学研究総覧』の編集に至る文献調査・資料整理を通して、アイヌ語を理論言語学やその他の一般言語学の枠組みで扱うためには、研究代表者がこれまでに扱ってきた北海道アイヌ語(主に北東方言)に留まらず、サハリンアイヌ語を含む更に広範な言語資料が必要であることが明らかになった。特に、サハリンアイヌ語資料の利便性を高めることが急務であると判断された。そこで、既に収集してあった当該言語資料を電算化し、標準的表記法に直して和訳を付して、当初の作業計画にあった『アイヌ語学研究資料1』に「サハリンアイヌ語コーパス・テクスト訳」として採録した。
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