研究概要 |
聞き手による日本語と韓国語の第三者に対する待遇表現の使い分けを,他称詞と述語待遇の呼応関係の観点から検討してみた結果,本研究では,日本語は相対的な使い分け,韓国語は絶対的な使い分けの傾向が強いものの,今まで言われてきた基準ではうまく説明がつかないケースを見出した。例えば,「友達に『自分の親』のことをいう」場面では,日本語では「お父さん・お母さん」(60.1%)が,韓国語では「appa・eomma」(66.2%)が最も多用される傾向が見られた。また,日本語の場合,「お父さん・お母さん」という「父・母」より高い待遇をもつ他称詞であっても,「行かれる」「行かれます」「いらっしゃいます」などといった述語待遇表現よりも「行く」「行きます」などといった述語待遇表現と共起して用いられるケースが圧倒的に多いことが分かった。このような,主体を表す他称詞は上げておきながら,述語では身内を上げない待遇表現を用いるケースは,主語と述語の待遇が必ずしも一致していない点で大変興味深い。韓国語における「appa・eomma」については,述語形式との呼応関係に有意な違いは見られていないことから,「お父さん・お母さん」に比べると述語表現の選択に柔軟さがうかがえる。本調査では,相対的および絶対的な使い分けに関する基準から逸脱した表現を見出した。これは,両言語共に,とりわけ友達が聞き手の場合に起こりやすくなっている。つまり,比較的近い間柄では言語使用に関する規範意識が弱まりやすい点で,日本語と韓国語は類似しているといえよう。また,本調査の決定木分析では,話し手の男女差の影響は,全ての場面で見られなかった。本研究で明らかになったように,これまでの規範からは逸脱している表現が見られるようになったことの背景には,日本と韓国の両者において,社会の変化に伴う規範意識の変化があることが考えられる。
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