研究概要 |
1、宣教を意識した原典の改変 キリシタン版『羅葡目辞書』の日本語訳は、ヨーロッパで出版された原典カレピヌスのラテン語語釈に基づいたポルトガル語訳と、原典そのものとを参照して作られているが、翻訳が難しいものについては説明を省略したり、ヨーロッパにはない日本の事物に置き換えたりする一方で、独自に語句を加えたと思われる例が見られる。それは単に日本人読者の理解を助けるための補足だけでなく、見出しPascha,aeの訳のようにキリスト教的な意味の語句を加えたり、Obeliae,arumに見られるように古代ローマ神についてfotoqe(仏)やbutjin(仏神)という語を加えて訳したりするなど、日本イエズス会のヨーロッパ人・日本人両方を含む編者たちが、宣教を意識して翻訳したとみられるものもある。これは、ヨーロッパのキリスト教文化圏の読者にラテン語の規範を示すことを目的とした原典とは大きく異なる特徴の一つである。 2、キリシタンの棄教を表す「ころぶ」という語 キリシタンの棄教を表す動詞「ころぶ」及び名詞形「ころび」という語は、禁教政策が本格化し始めた17世紀初めには、すでに比喩的な表現としてある程度定着していたとみられる。これは「ころぶ」が「落つる」「倒るる」の類義語、「立ち上がる」の反義語とされていることからも、信仰を外圧で棄てるという意味を表すのに適当な俗語的表現とみなされたためと考えられる。内面の信仰を権力によって棄てさせるという弾圧が日本で稀であったことに加え、迫害の規模や峻烈さから、対象をキリシタンに限定した用法が比較的短期間のうちに定着したのであろう。
|