今年度は、近代語授受動詞のうち、敬語クダサルとイタダクが授受動詞体系へ組み込まれる過程についての考察を行った。古代語クダサルは、クダスの受身形から発達したと考える。「AがBにCをクダス」の受身文が「BがAにCをクダサル」である。与え手が上位者Aで受け手が下位者Bとなる。クダサルは受け手の下位者Bを主体とするため「BはCをイタダク」と解釈される。謙譲用法となるのである。だが、ガ格や二格が明示されず単に「Cをクダサル」とだけ表現した場合、与え手Aが「Cをお与えになる」や「Cを下さる」と尊敬用法の解釈もできる。これが古代語のクダサルの性質である。このクダサルが近代語の性質を帯びるのは、当初の予想としては、17世紀前期にヤル、クレル、モラウの体系が形成された同じ頃ではないかと考えた。しかし、謙譲の語彙イタダクの発達が遅い。そこで、イタダクが謙譲の授受動詞としての用法を持った時期を詳細に調べた。すると、1700年前後にやっと用例が見られ始めることが明らかになった。つまり、1600年から1700年の間は、クダサルが古代語の用法を維持していたのではないかと考えるに至った。「テ形+クダサル」の補助動詞が発達したのは1600年過ぎである。しかし、本動詞は古代語の性質を色濃く残しており、文法化理論と逆行することになる。この点に関しては継続して研究中である。 また、中世末の指示詞において、中称のソ系指示詞発達の手がかりになるのではないかと琉球の指示詞を調査していたが、日本語共通語文法とは全く異なり人称と連動しないことが明らかになってきた。このテーマはまた別に取り扱う必要がありそうである。
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