本年度は、引き続き正倉院文書の写経所文書にみえる帳簿関係史料と古代木簡との関係を検討する一方、中世文書の比較の必要性から、古代〜中世にかけての寺院文書である東大寺東南院文書の紙焼き写真や、鎌倉遺文のデータベースを購入し、古代帳簿史料と中世帳簿史料の比較検討に着手した。この結果、正倉院文書の帳簿史料と、各地で出土している古代木簡の記録技術が、密接に関連していることや、古代から中世にかけての帳簿記録技術の発展段階をあとづけることが可能となった。 また、木簡や墨書土器の調査も継続して行い、東北地方の文字資料を中心に、山形県酒田市・亀ヶ崎城跡木簡や同県南陽市・加藤屋敷遺跡等の墨書土器の調査・検討を行った。これにより、地方社会における文字文化の様相や、文字資料を介した地域間交流の様相などが明らかになった。 さらに、東アジア世界を含めた帳簿史料の比較検討も行った。特筆すべきは、2008年に、百済の都が置かれていた韓国の扶余で発見された「佐官貸食記」木簡である。7世紀初頭と推定されるこの木簡は、複数の人物に穀物を貸し付けて、返納させた際の記録を書きつけた帳簿であり、日本の古代木簡でいえば出挙に関わる記録簡にあたる。この木簡を詳細に検討すると、貸付時期や貸付方法、利率、そして回収の方法や未納の実態などを復元することが可能となり、検討の結果、日本古代の出挙木簡と酷似していることが明らかとなった。しかも日本で現在確認されている出挙木簡よりも約半世紀ほど古く、日本の出挙制度やそれにともなう記録技術の起源と系譜を考える上で画期的な発見といえる。以上の点については論文でその研究成果を公表した。
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