本研究は、琵琶湖をフィールドとし、日本近世における内水面利用の実態、およびその特質解明をめざすものである。今年度は、舟運からみた湖面の利用に関する検討を行った。まず、滋賀県伊香郡高月町片山(旧片山村)の片山源五郎家文書の調査を行い、目録・写真帳を作成し、分析を行った。その主たる成果として、次の3点が得られた。(1)片山村は、彦根藩と江戸幕府(時期によっては他藩)との相給村であり、船の支配(船改め等)に関しては、彦根藩船奉行と湖水船奉行との両方の関与がみられる。しかし、管轄される船とその船持ちはいずれかの所属に明瞭に分かれており、貨物輸送用の丸子船2、3艘以外の丸芋船や小舟類は、すべて彦根藩船奉行の管轄下におかれている。(2)ところが、丸子船による実際の貨物輸送に際しては、領主の違いにかかわりなく、堅田浦を頂点とする船持ち仲間の秩序が存在した。船持ちらは「堅田証文」と称される証文をもち、湖上輸送権がこの証文に裏付けられていると認識していた。片山源五郎家は彦根藩管轄の船持ちであるが、「堅田証文」を有している。(3)琵琶湖南部の史料を検討した先行研究では、琵琶湖の主要浦には、「帳屋」という役所が設置され、廻船の順番を記録した「艫折帳」が作成されていたことが指摘されているが、「艫折帳」の現物は1点すら発見されていなかった。今回の調査によって、片山家に、「艫折帳」の現物が存在すること、および片山家が「帳屋」を務めていたことが判明した。また、この帳面の内容からは、先行研究で特定の浦の特権と指摘されてきた「艫折廻船」が、必ずしもそうではないことが明らかになった。 片山家文書には鳥猟に関する史料も含まれており、来年度は、鳥猟からみた湖面上空の利用に関する研究をすすめる予定である。なお、本文書群の重要性を鑑み、史料翻刻・PCでのデータ入力をすすめ、現在は6割以上の入力が済んでいる、入力が完成し次第、現蔵者らと協議し、史料集として刊行する予定である。
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