平成19年度は、次の課題を考察するための作業を行った。(1)1940年代、とりわけ第二次世界大戦中のインドの政治社会状況、(2)(1)に対するイギリス政府の対応、とりわけ、インド独立が現実問題となったとき、イギリス政府は、インド国内における共産主義運動の動向を国際情勢と関連付けて、どのように対処しようとしたか。 具体的作業としては、まず、インド・タミルナード州公文書館(Tamilnadu State Archives)にて、1940年代の公文書および各種政治団体・政治家のパンフレット・書簡を収集した。また、イギリスのIndia Office Library、Public Record Officeにて、マドラス州政府から在デリーインド政庁宛ての機密報告書、本国政府とインド政庁との公式・非公式書簡を収集した。 これらの史料分析によって、現在までのところ明らかになったのは、以下のとおりである。 1.第二次大戦中の南インドでは、食糧事情が悪化(穀物不足および物価高騰)した。共産主義者は、この状況を利用し、工場労働者を中心に影響力を伸ばした。 2.イギリス政府は、ソ連が連合国側に参戦している事情から、このような共産主義者の活動を弾圧できなかった。 3.インド国民会議派は、独立インドの国家体制をめぐり、ムスリム連盟およびイギリス政府との妥協にいたることができず、政治活動を停止する状態に陥っていた。それゆえ、南インドでは、共産主義者の伸張を目の当たりにした会議派地方支部メンバーの焦燥感が強まった。 4.南インドの会議派メンバーは、政治的硬直状況を打破すべく、ムスリム連盟およびイギリス政府に対して、大幅な譲歩策を、会議派中央組織を跳び越して提示した。
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