本研究課題の目的は、民国期江南地方における「社」レベルの基層社会の構造と文化・社会統合を、その指導層である富農層の実態を総体的に明らかにしつつ解明することにある。富農層を核として運営された村廟を中心とする共同祭祀や民間信仰を具体的な分析の切り口として、口述調査及び文献調査を行った。本年度は江蘇省呉江市下の農村において、2008年6月に約10日間の日程で実施した。内容は、(1)前年度までに収集が完了しなかった文献史料の補充調査、(2)前年度までに実施してきた村々におけるヒアリングを継続である。 (1) 文献調査。口述調査の主要地点である呉江市汾湖鎮農村部において前年度までに得られた、『蘇南区呉江県土地房屋所有証』の実物一部と写し、『紅星大隊第〇生産隊社員工分明細表』といった集団化時期の記録の写し、政府に陳情する際に認められた旧村幹部の履歴書、回想録、村史や家史の草稿などの「地方文書」や個人的記録を未収集部分を収集した。また、これらを理解する上で必要不可欠である南京政府期の諸史料について、呉江市档案館において調査を実施し、保甲制に関連する梢案史料を一部収集した。 (2) 口述調査。前年度までに集中的に調査を実施した呉江市汾湖鎮北庫社区大長港村における調査を継続し、蘆墟社区栄字村においても一部口述調査を行った。ヒアリングの主眼は、解放前の「社」レベルにおける村廟運営の実態を通した農村社会関係の解明に置いたが、それ以外に、汾湖鎮周辺農村において、農会や分田小組組長、生産大隊の幹部など農村改造にかかわる諸政策の担い手や農村幹部を務めた老幹部に対し、数度にわたるヒアリングを実施した。そのうち、回想録を残している老幹部に特に重点を置き、土地改革期から集団化に至る時期の農村社会の変容過程について有用な口碑を得ることができた。かかる口述記録は先にあげた種々の「地方文書」の読解に不可欠である。
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