本年度は、研究テーマに関する基本的先行研究文献、統計資料、時事的な新聞・雑誌記事、報告書類の収集と閲読により、課題に関する研究動向の把握、分析枠組みと理論的視座の明確化を試みた。その結果明らかになったのは以下の諸点である。 (1)一般にグローバリゼーションは、政治経済的なシステムにおける世界の統合、画一化の側面が強調される。一方で、文化人類学的視点は、アメリカを中心とする西欧諸国による「文化帝国主義」的流れのかなkでの差異と多様性の生成に注目する点に特徴を持つ。そこでは特定の時間と空間に内在する具体的権力関係の中に生きる個、あるいは主体の文化創造の実践が注目される。この様な視点は集約的なフィールドワークに基づく微視的なローカリティのメカニズムを明らかにしてきた文化人類学によってのみ可能となるアプローチであり、グローバリゼーション研究における文化人類学の重要な貢献の1つである。 (2)フィリピンにおけるトランスナショナリズムの動きは、ミドルクラスの看護師による海外移住行動のみに焦点をあてるよりも、貧困層による海外出稼ぎ行動なども含めたより相対的視点から取り組む方が有効である。グローバリゼーションの浸透は、活溌な人々のトランスナショナルな動きを誘発し、国内には存在しなかった資源を利用しつつ新しい生活の選択肢を手にすることを人々に可能にした。しかしながら、その可能性は諸階層間に平等にあたえられているのではないことにより、トランスナショナルな人の動きが、国内階層の分断状況や、階層間格差の拡大を生ぜしめることにもなる。そのような状況の中で、階層横断的な市民社会的共同性の可能性がどこに見出せるのかという点が、重要な研究課題となる。 本年度に得られたこれらの知見に基づき、来年度は現地調査を行う予定である。調査地は、海外移住・出稼ぎの送り出し国フィルピンと、受け入れ国アメリカ合衆国を予定している。
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