本年度は、次の二つの研究を行った。 第一に、昨年度から研究を続けていた警察権の発動根拠に関する成果をまとめるため「民事不介入の原則に関する一考察-『警察公共の原則』の規範的意味について」と題する論稿を執筆した。本稿は、いわゆる「警察権の限界論」の一つとされている警察公共の原則の規範的意味を、美濃部・佐々木両博士の学説やドイツ警察法を分析することを通じて明らかにしたものである。古典的な警察法理論では警察公共の原則は仮象問題として位置付けられること、またこれを現代において再定位するためには、私的自治の原則に裏付けられた私権の性格を理解することが不可欠であることを明らかにし、私権保護の警察介入には原則上私人の同意が求められる旨、論証した。 第二に、警察権の発動根拠の鍵概念である「危険」概念の法実証化に取り組んだ。これは、警察官職務執行法第四条等に規定されている危険概念の解釈方法を、科学哲学の知見を参照して明らかにする試みである。ドイツの通説・判例では、危険の有無は、被侵害利益が重大であればあるほど損害発生の蓋然性は僅かでもよいとする反比例方式によって判断されているが、本研究では、損害発生の「蓋然性」概念を、科学哲学者カルナップのいう「帰納的確率」と理解することによって危険判断の論証手続を可視化することを試みた。事実(条件)から損害(結論)を導く帰納的推論と事実選択のための準則を明らかにすることによって、不透明な価値判断に頼らない危険判断の方法を構築することが、その狙いである。 上記検討を踏まえ、年度末に行われた関西行政法研究会では「危険概念の解釈方法-損害発生の蓋然性と帰納的確率」と題する報告発表を行った。その成果は、今年「自治研究」誌に連載される予定である。
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