研究計画に基づき、旧ユーゴ国際刑事裁判所(ICTY)の判例を調査した。また、ドイツの学会にて国際刑事裁判所に関する情報収集を行い、ハーグのICTYを訪問して調査を行った。 特に今年度はICTYが国際裁判制度に与えた影響を検証するという研究目的に基づき、2007年2月に国際司法裁判所(ICJ)が下したジェノサイド条約適用事件判決を素材として、ICTYの判断及び活動がいかに他の裁判機関に影響を与えているか考察することに専念した。旧ユーゴのボスニア・ヘルツェゴビナにおける集団殺害犯罪の発生有無及び責任の所在について審理する点で、審理対象の領域と犯罪についてICTYとICJの管轄権が競合した事例であるが、ICJは集団殺害犯罪の有無の判断においてはICTYによる証拠認定に大きく依存した判断を下したことがわかった。このようにICTYの各種決定や活動が重視された反面、犯罪行為が国家の行為とみなしうるか否かの帰属性の判断においては、ICTYの判断がICJによって退けられている。ICTYがタジッチ事件にて判示した「全般的支配」基準ではなく、ニカラグア事件でICJ自身が展開した「実効的支配」基準をICJは採用し、セルビアへの行為の帰属性を否定したのである。ここで考察したICTYとICJの判断の交錯は、異なる分野の問題を扱う司法機関による法解釈と適用における統一性及び一貫性の点で熟考を促すものであった。このICTYとICJの判断の関係に関する研究は、「国際司法裁判所(ICJ)と旧ユーゴ国際刑事裁判所(ICTY)との交錯-ジェノサイド条約適用事件-」と題して金沢法学第50巻2号(平成20年3月)に発表した。
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