研究の最終年として、前2年間で得た資料の分析を本格的に進め、成果を論文として金沢法学第51巻1号に発表した。まず、ICTYの閉廷計画の全体像を明らかにしたうえで、2008年末までに第1審裁判部での裁判をすべて終了し2010年までにすべての業務を完了するという閉廷計画が予定どおりに進行していない現状とその理由を分析した。次に、閉廷期限の遵守を達成する方策として期待されている事件委託の制度の検証を行った。国内裁判所に裁判の実施を委ねる当該制度は、特に旧ユーゴスラビア紛争地域の諸国において適正な態様で裁判を実施しうる司法制度を構築する必要性を再認識させ、ICTYをはじめとする国際社会の支援を促す効果があった。他方で、起訴を通じて一度はその優越的な管轄権を行使したICTYが管轄権の行使を放棄するに等しい当該制度の積極的活用を目標とすることには、司法制度の安定性と一貫性の希求に矛盾しかねず、被告人の不利益も考えるならば疑問が残るなど、問題点もあることが分析から明らかになった。 また、事件委託の制度は、国際刑事裁判機関と国内裁判所との競合管轄権間の関係に関する一般的ルールにも示唆を与えている。この事件委託制度に基づき、犯罪の重大性と被告人の責任の重大性に加えて、被疑者との近接性、公正な裁判や死刑の不適用といった要件が判断基準とされている点が明らかになった。これは単にICTYと国内裁判所との垂直的な関係を維持する目的ではなく、被告人の人権並びに裁判の基本的な資質としての公平性及び適正手続を国際社会が重視していることを象徴する。閉廷を間近とし、ICTYに対する最終評価を試みる論文が今後多く発表されることであろうが、それらに先んじて研究成果を発表することができ、大いに成果ある研究であったと考える。
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