研究3年目の本年度は、自由意思概念の再構成を行った。得られた結論は、次のとおりである。 まず、絶対的自由意思に基づくものであって初めて、中止結果の帰属する中止行為の資格を得る。これは、予防可能性の観点からの要請であり、刑法がコントロールの対象とするあらゆる行為に共通する要素である(なお、中止故意の理論的根拠も同様であるが、寛刑による予防であるからこそであるという特殊性があり、故意は減免事由のみにおける共通要件である)。脳科学の知見が生かされるべきはこの要素についてであるが、これまでのように責任非難の観点ではなく、予防可能性の観点から検討をすることも考えられてよい。 次に、相対的自由意思を否定する事情がある場合は、中止結果は終局的には当該否定事情に遡及的に帰属するものとされ、障害未遂となる。これは、褒賞の観点からの要請であり、減免事由ごとに遡及的帰属の範囲を画定する必要がある。中止犯においては、不作為態様の中止が典型的なカテゴリーであることにより、遡及的帰属の範囲が事実上広く認められるために、それを要件として明示する必要性があったものと解される。 以上は、形式的には被害者の同意があり一旦は結果が被害者の行為に帰属するが、実質的に自由意思に基づくとはいえないことにより同意の有効性が否定されて、結局は強制行為者に犯罪が成立する場合と、判断構造が類似している。それ故、強制による同意の有効性を巡る議論と、不作為が介在した場合における先行行為への客観的帰属に関する議論とを、諸々の犯罪類型について整理・検討することが、中止犯の任意性要件(のうちここにいう相対的自由意思の要素)の具体的判断基準を画定するためには有効であると考えられる。
|