本年度が研究最終年度であるため、主としてドイツ法を中心とする調査・研究に加え、これまでの研究のとりまとめ作業を行った。これまでの研究で明らかになったのは、(1) 財物にせよ財産上の利益にせよ、保護客体の移転性を前提とする刑法典条の犯罪類型によっては、情報や秘密といったものを十分に保護することはできないこと、(2) かといって不正競争の防止などの特別な立法目的を外し、秘密侵害等を一律に処罰することは、たとえば私的領域への侵入を限定的にしか構成要件化していない、現行法のある意味で謙抑的な態度に照らし、可罰範囲の過度な拡張を招き不適切であること、さらに(3) トレードシークレットと個人情報は、本研究の当初の企図とはやや異なり、その保護にあたって考慮すべきポイントが有意にズレていること、などである。とりわけ (3) は、本年度の研究によって明らかにされた点であるが、要するに個人情報は、市場における個人の活動を阻害する、一種の情報の偏在 (完全情報からの乖離) を招く恐れがあり、営業秘密などとは異なって (むろんこれも過度に保護すると効率性を害するのであるが) 、そもそもその要保護性に疑問が提起されうるのである。以上の3つの知見を前提としながら考察すると、個人情報および営業秘密を刑法的に保護するにあたっては、次のような立法形式が望ましいと思われる。まず前者については、現状では過剰保護であり、個人情報を悪用した違法行為を独自に取り締まる方向に移行すべきである。他方で後者については、現状のように不正競争の目的を要求し、財物ないし財産上の利益に対する罪とは別種の犯罪により保護すべきである。法定刑に関しても、たとえば窃盗などを比較の対象とするのはやめるべきである。
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