平成19年度の実績は、古代ローマ法に関する文献の購読により以下の点を確認しえたことである。(1)主人の知scientiaに基づく加害者委付なき訴権actio sine noxae deditioneがアクィリウス法lex Aquilia以後の、特にそのinterpolatioによる産物と見られること、(2)D.9.4.2.pr/1における主人の命令iussusとscientiaを同列に扱うケルススの論証の真正性につき疑義があり、これのみをもってscientiaがiussusを意味するのか、防ぎうるのに防がないことnon prohibere cum prohibere possitを意味するのかを決し得ないこと、(3)他方、その他のテクストからscientiaが当初は助言consiliumのような限定的な意味に解されていたことが窺われ、それ故にscientiaが家父のiussusと同視されえたと解されること、(4)その後、不作為に関する古典期の法の発展に伴いscientiaの適用領域がnon prohibere cum prohibere possitに拡張されたと考えられること、(5)以上のようなscientiaの意味の理解の広狭に応じ、actio sine noxae deditioneとは別に加害訴権actio noxalisが並存することを認めるか否か見解が分かれうるが、いずれにしろこの2つの訴権は、前者の訴権が奴隷の譲渡にもかかわらず前所有者に対して認められる等の点において区別されていたことである。但し、これらの点はいずれも、現段階では公表するに至っていない。
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