冷戦終結後、とりわけ9.11アメリカ同時テロ以降、国境を越えて移動する人やモノ、カネ、情報を対象にした非伝統的安全保障が問題となっている。アジアにおいてもジャマー・イスラミーアや蛇頭、SARSや鳥インフルエンザにいかに対処するのかが大きな課題である。しかしこの非伝統的安全保障の問題は現代に特有なものではなく、1920年代から30年代にアジアの地域秩序を形成していたイギリスや日本にとっても重要な問題であった。本研究は戦間期に上海を中心にアジア各地に張り巡らされていた国際共産主義運動のネットワークを、イギリスを中心とした列強がいかに取り締まろうとしたのかを、旅券管理制度と政治警察の活動、ならびに列強間の情報交換に焦点を当てて明らかにするものである。 本年度はこうした目的を踏まえ、ロンドン、シンガポール、東京で調査を行った。ロンドンでは公文書館所蔵のイギリス外務省、植民省、情報警察関連の資料の調査を行った。シンガポールではシンガポール国立大学図書館で、イギリス海峡植民地関連資料の調査を行うと同時に、Asian Research Instituteのスタッフと研究に関する意見交換を実施した。最後に東京では外交史料館で所蔵資料の予備調査を行った。 本年度に公表した業績としては、『国際政治』に「ヌーラン事件-戦間期アジアにおける国際共産主義運動とイギリス帝国治安維持システム-」と題する論文が掲載された。また、調査で収集した資料の分析を通じて、イギリス帝国内での旅券管理制度の導入に関する考察を行った。
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